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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第3節 幸せをあげるよ [15]




 瑠駆真の放つ巨大とも思えるほどの自信には、恐怖すら感じる。
 一方、困惑気味に自分を見上げる美鶴の視線を、瑠駆真はしっかりと受け止めた。
「ラテフィルは、僕の父親の祖国」
 父親と、認めたわけではないけれど。
「僕の祖父が治める国」
 祖父などとは、会った事もないけれど。
「祖父が国王となり、いずれ僕の父が受け継ぐ国だ」
 美鶴は絶句する。
 国王? 何それ?
 瞬きもできない、そんな彼女に圧し掛かるように、瑠駆真は顔を近づける。
「美鶴、僕はラテフィルの皇族だ。だから君に、不自由はさせない」
 幸せにしてあげる。
「ラテフィルへ行こう」
 皇族? 国王?
 混乱する頭で、美鶴は瑠駆真の身体を押した。
「行けない」
「なぜ?」
「なぜって」
 そんな事を突然言われて、あぁそうなのかとすんなり受け入れられるほど美鶴は素直でも単純でもない。それに――

「望むものなら何でも―――」

 私の望むものって、何?
 銀梅花の香りが鼻をくすぐる。
「悪いけど、とにかく今はお断りする」
 ピシャリと提案を拒否する美鶴に、瑠駆真は軽く瞠目する。
「ならばどうする?」
「どうって?」
「唐渓へは戻れないよ」
 決め付けるような相手の言葉。美鶴は懸命に反論を試みる。
「そんな事はわからない。別に、まだ退学が決まったわけではない。その廿楽って人が何を仕掛けてくるかもわからないんでしょ? 何も仕掛けてこないかもしれない」
「そんな事にはならない。君は彼女を知らないからそんな事が言えるのかもしれないけれど」
「知らなくて悪かったわね」
 瑠駆真の、自分はすべて知っていると言いた気な態度が、美鶴の癪に障った。
「だったら、あんたは彼女のすべてを知ってるって言うわけ?」
 知っている、と言いかけて、瑠駆真はやめる。知っていると言えば、ずいぶんと仲が良いのねなどと嫌味を言いかねられない。今は無駄な脱線は避けたい。
「すべてを知っているワケではないけれど、でも、僕にだってどんな事が起こるかぐらい、想像はつく」
「だからと言って、今すぐここで退学する必要はない」
「いずれするハメに陥る」
「だからこちらから退学願を出すわけ?」
「追い出される前に、出て行くんだ」
「追い出されると決まったわけじゃない」
「決まったようなものだ」
「だから出て行くの?」
「そうだ」
「逃げるの?」
 瑠駆真の口が、半開きのまま息を吸った。そんな瑠駆真を、美鶴がまっすぐに見上げる。
「逃げるのか?」
 逃げるのか?
 瑠駆真は、言葉も出ない。
 逃げるのか?
「あんたは、そうやって逃げてきたの?」
 今までも?
 自分を見上げる美鶴の瞳に、かつての美鶴が幻のように重なる。鋭い瞳で自分を射抜き、エゴイストと罵ったかつての美鶴。
「あんたは、何も変わってはいないんだね」
 ―――――っ!
 ものすごい勢いだった。美鶴に避ける間はなかった。両肩を捕まれ、呆気なくベッドへ押さえつけられる。なかば覚悟して発言したつもりだった。だがやはり、豹変した瑠駆真には恐怖を感じた。
 これが本当の彼だ。
「美鶴、君は―――」
 呼吸が乱れる。それだけ言うのが精一杯。そんな瑠駆真の言葉を引き継ぐかのように、美鶴が口を開いた。
「言っておくけど、昔のあんたがどんなだったかなんて、私には大して興味もない」
「やはり君は、小童谷との会話を聞いていたんだな」
 学校の裏庭で、瑠駆真をくまちゃんと呼んだのは小童谷陽翔。思えば、あれがきっかけだった。あそこで美鶴が変な好奇心など出さなければ、今こうして自宅謹慎などに処せられる事はなかっただろう。
 瑠駆真の両手に力がこもる。
「やっぱり聞いていたのか」
「聞きたくて聞いたわけじゃない」
「聞いてしまったのなら同じ事だ」
 迫る瑠駆真から逃れようとベッドの上で身をズラすが、所詮は押し付けられているのだ。逃げようと思うのが間違い。
 聞かれてしまったのだという事実を突き付けられ、動揺しながらも必死に美鶴を凝視する瑠駆真。
「その目」
 負けまいと見返す美鶴。
「あの時と変わらないね」
 余計な事をするなと言わんばかりの視線を向けてきた、中学二年の頃の瑠駆真。
「もっと早くに思い出せていたのかもしれない」
「僕は変わる」
 美鶴の言葉を遮るように、瑠駆真が鋭く言葉を口にする。
「僕は変わるんだ」
「無理だよ」
 瑠駆真の眉がピクリと跳ねた。押さえつけられながらも挑発するかのような美鶴の態度に、胸の内を掻き(むし)られるような息苦しさを感じた。
「あんたには無理だ。今の私にあんたの事を言えた義理ではないのかもしれないけれど、追い出される前に出て行くなんて、そんな事言ってるあんたには無理だ」
 本当は、ついさっきまで自分もそう思っていた。瑠駆真の言うように、唐渓を去ってしまえばそれで楽になれるのだろうかと、そう思っていた。
 だが、出て行こう、ラテフィルへ行こうとしきりに誘う瑠駆真の姿が、なんだか虚しく思えてきた。里奈に裏切られたと思い込み、嗤われて卑屈になって他人を拒絶する事しかできなかった自分の姿を見せ付けられているかのようで、腹が立った。
 自分は唐渓に通うバカどもとは違う、などと(いき)がり、だが本当はそんな自分こそがバカなのだとどこかでわかってもいて、どうせ自分はその程度の人間なのだと開き直りながら、それなのにこの環境を変えたいとも思っていて――――
「無理だよ。あんたには変われない」







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